「医療法人を設立したいが、基金制度がよく分からない」
「設立時の自己資金は、いくら用意すれば適正なのか?」
「基金は、あとで自分に戻ってくると聞いたが本当か?」
こんな悩みはありませんか?
その悩み、本記事で解決できます。
医療法人設立における「基金」は、事業承継や節税対策に強力な武器となりますが、同時に重大な「罠」も潜んでいます。
今回の提案は、その罠を回避し、基金制度のメリットを最大限に活かすための具体的なポイントを紹介します。
1 医療法人設立と「基金制度」の切っても切れない関係
2007年(平成19年)の医療法改正により、現在、新たに設立できる医療法人は「持分の定めがない」もの(基金拠出型医療法人など)に限られています。
かつての「持分あり」医療法人は、法人の資産が出資者のものとみなされ、後継者への事業承継時に莫大な相続税が発生する問題がありました。この問題を解消するために、「持分なし」が原則となったのです。
しかし、「持分なし」ということは、設立時に拠出した財産はすべて法人のものとなり、原則として個人には戻ってきません。
「では、設立のために出したお金は、すべて諦めなければならないのか?」
その解決策が「基金制度」です。
基金とは、医療法人が活動の原資として個人(理事長先生など)から拠出を受け、将来、定款の定めに従ってその個人に返還義務を負う財産のことです。
株式会社の「出資(資本金)」とは異なり、あくまで法人にとっては「返還すべきお金(負債に近い性質)」であり、拠出者にとっては「将来返してもらえる権利(債権)」となります。
この制度を採用しない場合、設立時に拠出したお金はすべて「寄附」扱いとなり、永久に返還を求めることができなくなります。
そのため、岩手県や宮城県をはじめ、各都道府県のモデル定款でも基金制度の採用が例示されており、実務上、これを採用しないケースはほぼありません。
2 基金制度の最大のメリット
基金制度を採用する理由は、単にお金が戻ってくる(可能性がある)からだけではありません。
法人経営と事業承継において、非常に強力な「節税メリット」を生み出します。
2-1. メリット①
最大のメリットは、相続税対策です。
基金の相続税評価額は、法人の経営状態に関わらず、拠出した時の「額面金額」で固定されます。
例えば、医師A先生が自己資金1,000万円を基金として拠出し、医療法人を設立したとします。
その後、法人の経営が軌道に乗り、内部留保(純資産)が1億円、2億円と増えていったとしても、A先生の相続発生時、相続財産として評価される「基金(返還請求権)」の価値は、拠出した1,000万円のままです。
もしこれが旧制度の「持分あり」医療法人であれば、法人の純資産額(この例では1億円や2億円)に応じて出資持分の評価額が計算され、後継者が高額な相続税に苦しむことになります。
基金制度は、この「持分評価額の高騰リスク」を完全に回避できる、事業承継に必須のスキームなのです。
2-2. メリット②
税務上、基金は「資本金」として扱われません(資本金0円の扱い)。
都道府県や市町村に納める法人住民税の一部である「均等割」は、法人の「資本金等の額」と「従業員数」によって税額が変動します。
基金制度を採用し、資本金0円として扱われることで、この均等割の区分を最低ランクに抑えることが可能になります。
(例:岩手県の場合、資本金1,000万円以下の区分であれば、県民税均等割は年額2万円)
3 知らずに設定すると危険!基金制度「4つの罠」
ここまでメリットを解説しましたが、基金制度には重大な「罠」があります。
それは、「基金の返還は、非常にハードルが高い」ということです。
「いつでも自由に引き出せる」と誤解していると、法人の資金繰りを圧迫し、個人のライフプランも狂わせてしまいます。
3-1. 罠①:返還には厳格な「純資産要件」がある
基金は、法人が赤字続きで純資産が減っている状態では返還できません。
返還できる金額は、「その時点の貸借対照表(B/S)上の純資産額」が、「基金の総額」を超えている場合の、その超過額が上限となります。
〇具体例:
基金として3,000万円を拠出。経営が苦しく、純資産額が2,500万円に減少した。
→ この場合、純資産額(2,500万円)が基金(3,000万円)を下回っているため、返還可能額は0円です。1円も返還できません。
3-2. 罠②:返還すると「代替基金」を積む義務がある
仮に黒字経営で返還要件(罠①)をクリアしたとしても、次にこの「代替基金」のルールが待っています。
法人は、返還した基金の額と同額を、「代替基金」として純資産の部に計上し続けなければなりません。
〇具体例:
基金3,000万円、純資産5,000万円の法人。超過額は2,000万円。
→ 2,000万円を理事長に返還。
→ 同時に、法人は2,000万円を「代替基金」としてB/Sに計上。
→ この「代替基金」は、将来にわたって取り崩すことができません。
つまり、法人から見れば、基金を返還しても法人の財産(純資産)は減らないのです。
これは、医療法人の財産的基礎(非営利性・公益性)を維持し、債権者を守るためのルールです。
このルールを知らないと、「利益が出たから返還しよう」と考えても、法人のキャッシュフロー(手元の現金)だけが減少し、経営を圧迫する可能性があります。
3-3. 罠③:返還には「定時社員総会」の決議が必要
株式会社の役員貸付金のように、理事長の判断で「今月お金が要るから」と簡単に返還することはできません。
必ず、年に一度の「定時社員総会」の決議を経る必要があります。
3-4. 罠④:返還までに「据置期間」が設定されている
基金拠出契約書において、「設立から〇年間は返還しない」といった据置期間を定めることが一般的です。
この期間中は、たとえ利益が出ていても返還はできません。
4 実際の方法
上記4つの罠、特に「純資産要件」と「代替基金」のルールがあるため、拠出する基金の額は「できる限り少額」にすることが、設立時の鉄則です。
多額の自己資金を基金として拠出してしまうと、その資金は法人の財産として長期間ロックされ(塩漬けになり)、個人の手元に戻すことが非常に困難になります。
では、どうすれば「少額」にできるのでしょうか?
5 基金を「少額」に抑えるための具体的なテクニック
医療法人の設立認可には、通常「設立後2ヶ月分の運転資金」や「医療機器などの設備」が確保されていることを証明する必要があります。
これらをすべて自己資金(基金)で賄おうとすると、基金の額は数千万円、場合によっては億円単位に膨れ上がります。
そこで、以下の方法で「基金」として拠出する額を圧縮します。
5-1. テクニック①:運転資金は「金融機関の融資」で賄う
設立に必要な「2ヶ月分の運転資金」は、必ずしも全額を自己資金の現金で用意する必要はありません。
行政機関(県、保健所)との事前協議によりますが、金融機関からの「融資証明書(融資枠の証明)」をもって、運転資金の確保とみなしてもらえるケースが一般的です。
これにより、基金として拠出する現金を大幅に減らすことができます。
5-2. テクニック②:医療機器・内装は「リース・賃貸借」を活用する
高額な医療機器(CT、MRIなど)や内装設備を、すべて自己資金(基金)で購入・現物拠出するのではなく、「リース契約」や「賃貸借契約」に切り替えます。
〇具体例:
5,000万円のMRIを基金で拠出するのではなく、リース会社とリース契約を結ぶ。
→ これだけで、基金の額を5,000万円圧縮できます。設立時の初期負担を大幅に軽減し、基金の「塩漬け」リスクを回避できます。
5-3.個人から法人への「賃貸」と薬機法(ただし要確認!)
ここで一つ、専門的な注意点があります。
個人開業医(医師A)が元々所有していた医療機器を、新設する医療法人(理事長A)に「貸す(賃貸借)」場合です。
この行為が、反復継続的な「医療機器の貸与」とみなされた場合、医師A個人が「医療機器貸与業」の許可(薬機法に基づく保健所の許可)を取得する必要が生じるリスクがあります。
リース会社から借りる場合はリース会社が許可を持っていますが、個人から法人への「また貸し」のような形態は、行政の判断が分かれるデリケートな問題です。
「知らずに無許可営業になっていた」という事態を避けるためにも、このようなスキームを検討する場合は、必ず設立手続きの専門家(行政書士)を通じて、行政機関(保健所)と事前協議を行う必要があります。
6 基金拠出の手続きと会計処理
6-1. 基金拠出契約の流れ
実際に基金を拠出する際の手続きです。
⑴ 拠出者が理事長一人の場合(最も多いケース):
設立する医療法人と理事長個人との間で「基金拠出契約書」を締結します。
⑵ 拠出者が複数いる場合(親族など):
より丁寧な手続きとして、
①法人から引受申込者へ募集事項を通知
②申込者から法人へ引受申込書を交付
③法人が割当額を決定・通知
④個別に契約書を交わす
という流れを踏みます。
これらの様式は、各県で例示していることが多いですが、個々の事情に合わせて作成する必要があります。
6-2. 会計上の扱い
会計上、拠出された基金は、貸借対照表(B/S)の「純資産の部」に計上されます。
前述の通り、税務上は資本金0円として扱われるため、節税メリットに繋がります。
7 まとめ
医療法人の設立、特に「基金」の設定は、将来の事業承継や税務戦略の根幹をなす、非常に重要な手続きです。
「とりあえず自己資金を全額、基金にしておこう」
「個人所有の機器を、そのまま法人に貸せばいいだろう」
こうした安易な判断が、将来
「基金が返還できない」
「薬機法違反を指摘された」
といった深刻なトラブルに繋がる可能性があります。
医療法人の設立や、その後の行政機関への各種許認可申請、届出(診療所開設許可、役員変更、決算届など)は、非常に複雑な手続きと専門知識が要求されます。
何から手を付けていいか分からないのが実情ではないでしょうか。
このような複雑な手続きは、専門家である行政書士にトータルで任せることで、先生方や事務職員の皆様は、本来の医療業務に専念するという最大の「安心」を得ることができます。
当事務所は、医療法務の専門家として、先生方医療サイドに常に寄り添い、現状と将来の展望(事業承継など)を踏まえた最善の解決策をご提案します。
当事務所の最大の強みは、弁護士、司法書士、税理士、社会保険労務士といった他士業と強固な連携を組んでおり、設立、税務、労務、万が一の法務トラブルまで、あらゆる問題にワンストップで対応できる体制を構築している点です。
さらに、私自身が元岩手県職員として、企業立地や県立大学新設といった大型プロジェクトに従事した経験を持っております。
国、県、保健所といった行政機関の思考や手続きの進め方を熟知しており、各種申請・調整を他にはないスピード感と的確さで対応できる「強み」があります。
また、他の事務所と異なり、土日・祝日も営業(8時~20時)しており、多忙な先生方のスケジュールに合わせて、柔軟に対応いたします。
★注意事項
医療法人の設立認可申請、診療所開設許可申請、その他行政機関(厚生労働省(地方厚生局)、都道府県、各保健所)への許認可申請書や届出書を作成し、代理人として提出することは、行政書士法により行政書士の独占業務と定められています。
行政書士の資格を持たない者が、他人の依頼を受けてこれらの代理業務を行うことは、法律で固く禁止されています。
8 お問い合わせ
行政書士藤井等事務所
(1) お問い合わせフォーム:
https://office-fujiihitoshi.com/script/mailform/toiawase/
(2) 事務所ホームページ:
https://office-fujiihitoshi.com/





