令和7年12月現在、戸籍法には「謄本(とうほん)」という言葉が、依然として残っています。
しかし、役所の窓口で交付されるのは、「証明書」です。
この「言葉のねじれ」の正体は、「紙の原本」か、それとも「コンピュータのデータ」かの違いです。
法律的な建付けと、なぜ法律に古い言葉が残っているのかについて、知っておくべき背景は以下のとおりです。
1 名前が変わった理由(法的根拠)
この名称の違いは、平成6年(1994年)の法改正による「戸籍事務のコンピュータ化」が原因です。
⑴ 戸籍謄本(こせきとうほん)とは?
① 原本の状態:
役所の倉庫にある、紙の「こより」などの丈夫な紐に綴じられた、長期保存に耐えうる「和紙の特性を持ち法務省(民事局)が指定した最高級の特殊紙」。
② 発行方法: その紙を「コピー(複写)」して、赤印を押したもの。
③ 意味: 原本(本)を謄写(コピー)したもの、という意味。
⑵ 全部事項証明書(ぜんぶじこうしょうめいしょ)とは?
① 原本の状態: 役所のサーバー(磁気ディスク)に入っている「電子データ」。
② 発行方法: データをプリンターで「出力(印字)」し、公印を押したもの。
③ 意味: データの内容を「証明」する書面、という意味。
つまり、もはや原本が紙ではないので、『謄本』と呼ぶのは不適切。
だから『証明書』と呼ぼう、というのが法律上の整理となっています。
2 なぜ法律に「謄本」という言葉が残っているのか?
令和7年(2025年)時点で、戸籍法の条文(第10条など)には「戸籍の謄本…を請求することができる」と書いてあります。
これには2つの理由があります。
理由①:まだ「紙」の役所が存在する(理論上)
・法律は、全国どこの自治体でも適用されなければなりません。
・実は、コンピュータ化は義務ではなく「できる規定」から始まったため、もし仮に日本国内に「まだコンピュータ化していない村」があれば、そこでは「謄本」が正式名称になります。
・やっと、2020年(令和2年)9月28日に、東京都の御蔵島村(伊豆諸島)が電子化を行い、これで日本全国すべての市区町村で、戸籍のコンピュータ化(電算化)が完了しました。
・しかし、法体系としては、「紙」を基本として残しています。
理由②:「読み替え規定」がある
・法律のカラクリがあります。
・戸籍法には、通常の条文(紙を前提)とは別に、「電子情報処理組織による取り扱いに関する特例の条文(第117条以降)」があります。
・具体的には、戸籍法第133条(証明書の交付等)のあたりで、以下のような読み替えが行われています。
→「コンピュータ化された役所においては、第10条の『謄本』という言葉は、『磁気ディスクに記録されている事項の全部又は一部を証明した書面(=全部事項証明書)』と読み替えるものとする。」
・つまり、
◆原則: 謄本(紙)
◆特例: コンピュータ化したら→証明書(データ)
という二段構えになっており、現在は、日本中の市区町村においては「特例(証明書)」で実務が執り行われている、というのが現実です。
3 実務上の注意点
建設業許可などの申請書を作成する際、提出書類一覧の手引きには、いまだに「戸籍謄本」と書かれていることが、まれにあります。
<申請書への記載>
・添付書類リストには「戸籍謄本」と書いてあっても、実際に添付するのは「全部事項証明書」で、問題はありません。
・行政庁側も、「謄本=全部事項証明書のこと」と読み替えて受理しています。
<要注意!> 「改製原戸籍(かいせい はらこせき)」の罠:
・相続業務などで、コンピュータ化される前の「古い戸籍」を取得すると、それはデータではなく「紙(または、画像を印刷したもの)」として交付されます。
・この場合は、現在でも正式名称として「改製原戸籍『謄本』」という言葉が使われます。
4 まとめ
・違いの理由: 原本が「紙」か「データ」かの違い。
・法律の構造: 原則は「謄本(紙)」だが、特例規定で「証明書(データ)」に読み替えている。
・実務: 名称は違っても、法的効力は全く同じ。
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★ 戸籍謄本の「紙」について
5 和紙でなければならなかった理由・ルール
・昔の戸籍事務が紙で行われていた時代、使う紙は適当なコピー用紙などではなく、法務省が指定した「戸籍用紙(こせきようし)」という、専用の紙を使う義務がありました。
・その理由は「保存期間」にあります。
① ルール:
・戸籍は、かつては「永年保存」、現在でも「除籍されてから150年」という、行政文書の中で最も長い保存期間が求められます。
② 酸性紙の問題:
・明治、大正、昭和初期の一般的な洋紙(パルプ紙)は、「酸性紙」と呼ばれ、50年~100年でボロボロに劣化・変色して崩れてしまいます。
③ 和紙の強さ:
一方、日本古来の和紙(中性紙)は、1000年持つ、と言われるほど耐久性が高く、虫食いにも強い特性があります。
そのため、法務省(民事局)は「和紙、またはそれに匹敵する耐久性を持つ最高級の紙(B4サイズ)」を使用するよう通達で定めていました。
6 時代による紙の変化
実物(改製原戸籍の原本など)を見ると、時代によって紙質が違います。
⑴ 明治、大正、昭和初期の戸籍
・これは「本物の和紙」に近いもの、が使われています。
・非常に強く、手触りもザラッとしており、墨で書かれた文字が今でも鮮明に残っています。
・実質「100%和紙」と言って差し支えありません。
⑵ 昭和中期~平成(コンピュータ化前)
・この時代になると、完全な手漉き和紙ではなく、「局紙(きょくし)」や「特漉き(とくすき)の戸籍用紙」と呼ばれる、機械漉きの最高級紙が使われるようになりました。
・これは、パルプに三椏(ミツマタ)などの和紙原料を混ぜたり、特殊な加工を施したりしたもので、「和紙のような強靭さを持った洋紙(厚紙)」というイメージです。
・透かし(ウォーターマーク)が入っていることもあり、偽造防止と耐久性を兼ね備えていました。
7 バインダーではなく「紐(ひも)」の秘密
綴るときは、金属の金具ではなく、「こより(紙縒り)」などの、丈夫な紐で綴じられています。
⑴ 理由:
金属のクリップやホチキスを使うと、そこから「錆(サビ)」が出て、紙を腐らせてしまうからです。
⑵ 紐綴じ:
100年以上保存するために、錆びない「紐」で、分厚い台帳としてガッチリと綴じ込まれています。
8 職人としての役人
相続業務で、古い「改製原戸籍(ハラ戸籍)」の謄本を取得した際、コピーされた文字の背景に、うっすらと「紙の繊維」や「枠線の独特のカスレ」が見えることがあります。
それは、かつての役所(戸籍係)が、後世に記録を残すために守り抜いた「強い紙」の証です。
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